特集◉FRBの歴史を知るならこれだ!1/5
小谷野俊夫静岡県立大学名誉教授へのインタビュー
FRBの独自性が重要な理由を歴史から学ぶ
先生は、FRBや日本銀行でアドバイザーを務めた経済学者のアラン・メルツァー氏の著書『連邦準備制度の歴史1913〜1951年』を翻訳されました。
アメリカ・トランプ大統領は先に、FRB・連邦準備制度に対して「利下げ」を要求し、パウエル議長の解任を示唆しました。これは、中央銀行の独立性に対する実質的な関与行為に当たり、中央銀行の独自性が懸念されます。
そこで、この問題と関連して、翻訳された『連邦準備制度の歴史1913〜1951年』から「何を学びとるのか 」、先生にお聞していきます。

A History of the Federal Reserve
FRB・連邦準備制度の歴史
1913〜1951年
アラン・メルツァー著
小谷野俊夫訳
――本書の翻訳をお考えになった理由は?
小谷野――
イギリスの歴史家であり国際政治学者でもあったE・H・カーが「歴史とは、現在と過去の間の終わりのない対話である」という言葉を残しました。彼の歴史学の方法論は今日でも、歴史家だけでなく分野を超えた社会科学者全般に大きな影響を与えています。アラン・メルツァー氏の本書は、このE・H・カーの歴史学の方法論を彷彿させるものです。
トランプ大統領によるFRBへのあからさまな介入を目の当たりにして、私たちは改めて中央銀行の独立性とは何かを問い直す必要に迫られています。FRBの歴史を辿ることで、中央銀行の独立性が政府からの介入を受ける現在と過去との対話によって、今日のあるべき姿を発見できるのではないでしょうか。そのことによって、未来を語れるのではないかと感じたからです。
――著者のアラン・メルツァーはどういう人物ですか?
小谷野――
アラン・メルツァー(Allan H. Meltzer)は、1928年ボストンに生まれた経済学者です。主にカーネギーメロン大学の政治経済学教授として教育や研究にあたっていましたが、ほかにもハーバード大学など多くの大学で教鞭をとっています。特に金融経済論に関する研究は評価が高く、国家ビジネス経済学会よりアダム・スミス賞を受賞しています。
政府系の機関としては米国大統領経済諮問委員会の委員や連邦準備制度理事会のコンサルタントとしても活動した方で、日本では日本銀行経済研究所をはじめとする日銀の海外顧問(名誉アドバイザー)を務めた実績もあります。
そのなかで大きな業績の一つが、IMF改革を提言したことです。そのことでメルツァー委員会が設立され、委員長を務めています。2009年にはニューヨーク連邦準備銀行の経済諮問委員に就任しており、まさに中央銀行を知り尽くした人物といえます。メルツァー氏は2017年に亡くなりましたが、生涯にわたって経済学、公共政策に携わった経済学者でした。
――本書はどのような特徴を持った著作なのでしょうか
小谷野――
本書の大きな特徴は、その記述スタイルにあります。メルツァーは、特定の視点から一連の物語を書くというよりも、その時々の出来事に関して政策担当者などがどのような試行錯誤を繰り広げたかを詳細にフォローする方法を選びました。
そのため、本文の記述を補足する、あるいは反対の立場に立った当事者の見解を紹介するために、注が多用されています。その上でメルツァーが独自の判断を加えている。これは、序文を寄せたアラン・グリーンスパン元連邦準備制度理事会議長が「メルツァーは、彼自身の立場を明確にすることを厭わない」と評したメルツァー独特のやり方です。
この記述スタイルは、まさに先ほど述べたE・H・カーの「歴史とは、歴史家とその事実の間の相互作用の絶え間ないプロセスであり、現在と過去の間の終わりのない対話なのです」という言葉を体現したものといえるでしょう。
――本書が対象とする1913年から1951年というのはどういう時代でしたか?
小谷野――
本書が扱う約40年間は、まさに波乱の時代でした。1914年の連邦準備制度設立から、第一次世界大戦の戦時金融を経て、1920年代にはニューヨーク連銀のベンジャミン・ストロングが国際金本位制の復活に尽力しました。
しかし1929年の大恐慌後、金融政策は景気回復に寄与できず、ローズベルト政権下のニューディール政策により預金保険制度創設や銀行・証券業分離などの制度改革が実施されました。第二次世界大戦中は戦争資金調達のため財務省が金融政策を主導しましたが、戦後のインフレ懸念を背景に、1951年の財務省-連邦準備制度アコードにより中央銀行の独立性が回復されました。
この時期は、中央銀行が何度も試練に直面し、その役割と独立性について問い直された時代だったのです。
――読者はこの本から何を学び取ることができるでしょうか
小谷野――
本書と向き合う読者は、メルツァーが提供したこれらの豊富な情報を材料として、読者自身の問題意識を基にして現在と過去との対話をすることを迫られるでしょう。読者の問題意識や視座は、それぞれであろうと思います。
この大著を翻訳し終えた現在、訳者として思い描く視座は、「中央銀行の独立性」と「中央銀行の無謬性」の二つです。この二つのテーマは、トランプ大統領のFRB介入という現代の問題を考える上でも、きわめて重要な意味を持っています。次回以降、この二つのテーマを軸に、本書の内容を詳しく見ていきたいと思います。
(第1回終わり)